こんにちは。金子吉友です。
先日、第2次高市改造内閣で初入閣した笹川博義環境大臣と、笹川家についてお話ししました。
思いのほか反響が大きかったので、今日はその続編です。
自民党のルーツ。満洲地下人脈。M資金。統一教会。そしてアヘン。
笹川一族と自民党の「黒い縁」を、まとめて見ていきます。
先に、今日の読み方を申し上げておきます。
今日の話には、Wikipediaや書籍で確認できる史実と、長く語られてきたが一次資料を私が提示できない話が混在します。
私は、この二つを混ぜません。記事の最後に、確認できたこと/確認できなかったことを分けて整理します。混ぜた瞬間に、確度の高い部分まで信用を失うからです。

まず、前回の復習──笹川博義氏という人
笹川博義さんは、自民党の外国人政策の部会で事務局長を務めてきた、事務方のトップだった人物です。
- グローバル人材共生推進議員連盟でも事務局長
- 2025年11月発足の自民党・外国人政策本部では副本部長、「外国人制度の適正化等に関するPT」の座長
- 今回、環境大臣として初入閣
もう一人、法務大臣として入閣した山下貴司さんと、この二人が両輪となって自民党内部の部会を率いていました。
そして笹川博義さんの父・笹川堯さんもまた政治家です。衆議院議員を7期務め、自民党の総務会長も務めました。博義さんは父の地盤を引き継いで、現在は群馬3区です。
叔父にあたるのが笹川陽平さん。日本財団の名誉会長、笹川平和財団の名誉会長です。
詳しくは第2次高市改造内閣で、外国人政策の副本部長2人が閣内へをご覧ください。
今日、着目するのは、その祖父です。

笹川良一という人物
事実だけを並べます。
- 1899年生まれ、1995年没
- 第二次世界大戦後、A級戦犯の「容疑者」として巣鴨プリズンに約3年間収監
- 起訴はされていません。1948年12月24日に不起訴となり、釈放されています
- 同じ日に釈放されたのが、岸信介と児玉誉士夫。この3人は盟友でした
- 釈放後、「モーターボート競走法」の成立に尽力(岸信介の協力のもと)。競艇利権を獲得し、笹川一族で独占します
- 財団法人日本船舶振興会(後の日本財団)を創設し、会長に就任
- 統一教会の政治団体である国際勝共連合の日本支部で、名誉会長を務めました
ここは正確に言います。「A級戦犯」ではなく「A級戦犯容疑者」です。起訴されていないので、有罪判決は受けていません。
そして、ロバート・マクスウェル
この笹川良一氏の隣に写っている人物がいます。ロバート・マクスウェル。
何者か。
ジェフリー・エプスタインの愛人とされたギレーヌ・マクスウェルの、父親です。
なぜこの二人が並んでいるのか。マクスウェル氏が、英国の笹川財団――大英笹川財団(The Great Britain Sasakawa Foundation)の議長を務めていたからです。
※ここは、私が確認できた範囲を正確に書きます。大英笹川財団が1985年5月に設立され、日本船舶振興会から約1,000万ポンドの寄付を受けて発足したことは、財団自身の資料で確認できます。しかしマクスウェル氏が議長を務めたという点は、財団の公式サイトや英国の登記情報では確認できませんでした。
笹川良一氏自身は、CIAのエージェントであったことを公言していた人物です。マクスウェル氏は、MI6とモサドの協力者(アセット)だったと言われています。
片やCIA。片やモサドとMI6。
※ただし笹川氏とCIAの関係についても、私が今回確認した範囲では、公的に裏付けられた一次資料は見つかりませんでした。後ほど改めて整理します。

笹川良一と松井良夫──維新につながる線
もう一つ、笹川良一氏について触れておきたいことがあります。
彼のお抱え運転手をしていたのが、松井良夫さん。
日本維新の会の元代表・松井一郎さんの、父親です。
笹川良一と松井良夫は、親分・子分の関係でした。
そして笹川良一氏は、自身が持っていた住之江競艇の電気設備関連の工事を、松井良夫氏が経営する会社(株式会社大通)に一手に任せます。
これによって松井家のファミリー企業の事業は一気に拡大しました。
潤沢な資金と笹川の後ろ盾により、松井良夫氏は政界に進出。のちに大阪府議会議長にまで上り詰めます。
その二世が、松井一郎さんです。
松井一郎氏が大阪府議会で強い権力を持てていたのも、そのバックに競艇利権を独占したファミリー企業の資金力と、笹川グループからの強力なバックアップがあったから――というのが、この話の筋です。
※この松井家の系譜については、私が独自に確認できる一次資料は見つかりませんでした。後ほど整理します。

笹川陽平氏と、歴代首相
笹川良一氏の三男が、笹川陽平さんです。
- 父・良一の資産と利権を受け継いだ、政財界の実力者
- 自民党の歴代首相とも親交が深い
- 日本財団の名誉会長、笹川平和財団の名誉会長
- 元衆議院議員の笹川堯さんは、陽平さんの兄
※一点だけ補正します。デッキでは「日本財団会長」とありますが、笹川陽平氏は2025年6月20日付で会長を退任し、名誉会長に就任しています。後任の会長は、理事長だった尾形武寿氏です。
そして、この方はご自身のブログで、こうした関係を写真で公開しておられます。
ご自身の別荘に――
- 小泉純一郎氏
- 森喜朗氏
- 安倍晋三氏
- 麻生太郎氏
- 岸田文雄氏
首相経験者たちを、一度に招き入れている。
当時まだ岸田文雄氏は首相になっていませんでしたが、その後に首相になっていきます。
これを見ると、首相になる人物には、ある程度レールが引かれているのだな、ということも分かります。
なお、笹川平和財団は2026年9月2日、小泉進次郎防衛大臣に「自衛隊への外国人登用の検討を」という提言を手渡しています。(同月4日、小泉防衛相はこれを明確に否定しています)

ここから満洲──里見甫と、アヘン
では、ルーツをたどります。
岸信介のビジネスパートナーだった人物がいます。里見甫(さとみ・はじめ)。
確認できる経歴は、こうです。
- 1896年生まれ、1965年没
- 上海の東亜同文書院を卒業。天津日報の記者を経て、満洲国建国後に奉天へ
- 国策通信社である満洲国通信社の、初代社長
- 1936年4月から阿片事業に参加
- 1938年3月、阿片売買のために三井物産および興亜院の主導で設置された「宏済善堂」の副董事長(事実上の社長)に就任
満洲におけるアヘンの売買を一手に引き受け、「阿片王」と呼ばれた人物です。
莫大な利益を上げ、それを戦費の調達に充てていました。大東亜戦争における中国大陸での戦費を、このアヘンの売買で稼いでいたということです。
そして戦後――
- 1945年12月、民間人第一号のA級戦犯容疑者としてGHQに逮捕され、巣鴨プリズンへ
- 1946年9月、極東国際軍事裁判に出廷して証言。同月、不起訴となり無条件で釈放されています
※ここは正確に。里見氏の釈放は1946年9月で、笹川・岸・児玉の1948年12月24日とは時期が異なります。
このアヘン売買に関わった人的ネットワークが、いわゆる「満洲地下人脈」です。
笹川良一、児玉誉士夫、岸信介。そのほかにも、後に日本の首相となっていく人物たちが、ここにずらりと並んでいます。
※参照:[里見甫 – Wikipedia] https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8C%E8%A6%8B%E7%94%AB

岸信介と満洲地下人脈
岸信介は、満洲国総務庁次長時代、満洲において兵器・麻薬の売買を取り仕切る「昭和通商」の実質的なオーナーでした。
そしてもう一つ。
満洲国通信社――戦後、その幹部・社員が電通に合流していった組織です。
電通は、満洲人脈の巣窟だったということです。
なぜ電通がここまで力を持ったのか。満洲人脈だったから、という説明が成り立ちます。
その満洲国通信社の初代社長が、岸の盟友である里見甫。そして里見は、昭和通商の経営にも携わっていました。

国際商社「昭和通商」とは何だったのか
では、この昭和通商とは何か。
ここは、私のほうで事実関係を補正しておきます。
- 1939年(昭和14年)4月、満洲に設立された軍需国策会社
- 資本金1,500万円
- 出資したのは三井物産・三菱商事・大倉商事の三大財閥で、それぞれ500万円ずつ。軍の半強制的な圧力によるものでした
- 陸軍省軍事課長の岩畔豪雄(いわくろ・ひでお)大佐の主導で設立
- 代表者(社長)は元陸軍砲兵大佐の堀三也(ほり・さんや)
- 業務上の指導・監督権や人事権を、陸軍省が一手に握っていました
※デッキでは「三井物産、大倉商事、高田商会の共同出資」と「三井、三菱、大倉財閥の出資」という二つの記述がありますが、正確には三井物産・三菱商事・大倉商事です。高田商会は1939年4月に脱退した側にあたります。ここは訂正しておきます。
表向きは商社、実態は特務機関
組織は、二つの機構に分かれていました。
- 商社としての営業機構
- 外国からの情報収集を主とする特務任務のための、調査部機構
表向きは民間の商社として活動を開始しました。
しかし実態は――
- 駐在員が現地で情報収集などの諜報を行う
- 朝鮮・満洲・蒙疆で生産された阿片を中国市場に持ち込む(イランやアフガニスタンからも仕入れていたとされます)
- 里見甫らの宏済善堂を通じて換金
- 戦争遂行に必要な戦略物資の調達にあたる
ピーク時には従業員が3,000人近く。ニューヨーク、ベルリン、ローマ、バンコク、マニラ、シンガポール、北京、南京、広東、新京に支店網を持っていました。
陸軍の完全な統制下にある、秘密の特務機関だったわけです。
ただし、このことを知っていたのは、トップの人物だけでした。
※参照:[昭和通商 – Wikipedia] https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%AD%E5%92%8C%E9%80%9A%E5%95%86

中国におけるアヘン政策──これは国策だった
ここで押さえておきたいのは、アヘンが個人の悪事ではなく、国策だったということです。
江口圭一『日中アヘン戦争』(岩波新書)によれば、経緯はこうです。
- 1894年、日清戦争で勝利した日本の内務省衛生局長・後藤新平が「満州経営の資金調達のため、アヘンを国策として売買すべし」と主張
- 日本は1914年から1922年まで軍政下に置いた山東半島で、アヘン専売制を敷いた
- 1915年以降、関東州(遼東半島先端部の日本の租借地)において、日本は「大連宏済善堂」にアヘンの輸入および販売に関する特許を与える
- 1928年、日本は関東庁専売局を大連に設置し、アヘンの輸入および販売の独占権を与える
- 1933年、アヘン法の施行により、満洲国はアヘン専売制を始める
大東亜戦争のときから遡ること30年以上前に、もう始まっているんです。
個人が闇でやっていた話ではありません。国家が制度として組み込んでいた。ここが重要です。

満洲地下人脈に、誰が並んでいたのか
昭和通商の経営は、岸と里見の支配下にありました。
しかし経営に関与したメンバーのなかには、戦後の日本政権を代表するような人物が目白押しに並んでいます。
- 吉田茂(麻生太郎氏の祖父)
- 福田赳夫
- 佐藤栄作(岸信介の実弟)
- 池田勇人
彼らは全員、後に日本国首相に就任しています。
自民党の総裁選挙は、言ってしまえば金のばら撒き合戦です。その資金が昭和通商に関係していることを示唆している――そういう指摘があります。
つまり、アヘンで儲けた金が戦後に余っていて、それを里見甫らが日本に持ち帰ってきた。その金が、自民党の政治資金に充てられたと言われているわけです。
さらに、こういう記述もあります。
「陸軍特務機関員として、里見甫以下、児玉誉士夫、笹川良一らが関与している。事務員として、小泉純也(純一郎の実父)もいた」
小泉純也氏は、岸信介の部下でもありました。
首相経験者たちが、この満洲地下人脈にずらりと並んでいる。
※この二つの引用は、デッキでは『tokaiama20のブログ』という個人ブログが出典として示されています。Wikipediaや書籍で確認できる部分とは、出典の強度が異なります。ここは後ほど整理します。

岸信介と文鮮明──満洲でつながっていた
ここからが、今日いちばんの核心です。
こういう記述があります。
「当時、日本陸軍中尉・高木正雄だった、後の韓国二代目大統領・朴正煕と、統一教会の山本朋成(なりすまし)こと文鮮明も、岸や里見のグループの一員であり、戦後まで、莫大な資金供与などを通じて、一種の同盟関係を結んでいたことが知られている」
つまり統一教会の文鮮明と、岸信介・里見甫は、満洲時代に一緒に仕事をしていたということです。
非常に重要な一文です。
なぜ岸信介と笹川良一が文鮮明を支援して、日本に統一教会を持ってきたのか。
もう満洲時代からビジネスパートナーだったから――というのが、私の見立てです。

岸信介と、統一教会の日本進出
そして戦後です。
- 岸信介は、統一教会の下部組織である勝共連合の日本支部設立の際、文鮮明に多大な支援をしています
- 笹川良一も、莫大な資金を提供しています
- 統一教会の日本支部は、岸信介の南平台にある私邸の敷地内に作られた、という情報もあります
※この「敷地内」については、自宅の中ということではありません。自宅の隣にある敷地に作られた、という意味です。
※ここも、出典は『tokaiama20のブログ』です。
ここは、正確に区別しておきます
私は「笹川良一が統一教会を日本に持ち込んだ」と言いたくなります。実際、そう言っても過言ではないと思っています。
ですが、文書で確認できる時系列は、こうです。
- 統一教会は1954年に文鮮明が韓国で創設
- 日本での布教は1950年代後半に始まる
- 日本で宗教法人として認可されたのは1964年。初代会長は元立正佼成会幹部の久保木修己
- 笹川良一氏の関与が文書で確認できるのは、1968年の国際勝共連合の設立と、その名誉会長就任です
つまり、教団そのものの日本進出と、政治団体である国際勝共連合の設立は、別の出来事です。
私の見立てとしては「足掛かりを作った」と言いたい。ですが、事実として書けるのは、1968年の国際勝共連合までです。ここは分けておきます。

A級戦犯放免の「取引」と、M資金
そして、この話です。
「岸は、昭和通商の麻薬販売で得た、当時6,000億円ともいわれる資金の一部を米軍に渡して、自身と正力松太郎のA級戦犯放免を取引したことが知られている」
「その残りの金が、ときにM資金と噂されたり、自民党の戦後資金に流用されたことが明らかにされている」
金で解決した。バーターで取引した、という話です。
そしてこの資金が、吉田茂系統と岸信介系統が合併してできた自民党に流れ、CIAの資金も流れ、自民党が大きくなっていく――。
※ここは、いちばん慎重に扱わなければなりません。
この記述の出典は、デッキでは『るいネット』という投稿サイトです。「6,000億円」という金額も、「A級戦犯放免の取引」も、「M資金」も、私が一次資料を提示することはできません。
ただし、関連して一つ、はっきり裏付けのある事実があります。
正力松太郎については、米公文書で裏付けがあります
- 正力松太郎氏は、1945年12月2日にGHQからA級戦犯容疑で逮捕命令が出て、巣鴨拘置所に勾留されました。その後、不起訴となり、公職追放処分を受けています
- そして戦後、正力氏が長期にわたってCIAへの非公式な工作活動に協力していたことは、アメリカで保管されている公文書によって判明しています
- CIAエージェントとしてのコードネームは「PODAM(ポダム)」
- 早稲田大学の有馬哲夫教授が、米国立公文書記録管理局(NARA)で機密解除された文書、いわゆる「正力ファイル」をもとに明らかにしたものです
つまり――
「岸が金でA級戦犯放免を取引した」という部分には一次資料がありません。
しかし「戦後、A級戦犯容疑で収監された人物が、釈放後にCIAの工作に協力していた」ということ自体は、正力松太郎氏について米公文書で確認できる事実です。
この違いは、決定的に大事です。

統一教会と国際勝共連合
組織の側も、事実を確認しておきます。
統一教会
- 朝鮮半島のキリスト教の土壌から発生した宗教法人
- 宗教家・文鮮明によって1954年に韓国で創設
- 日本では1964年に認可。初代会長は元立正佼成会幹部だった久保木修己
- 文鮮明は戦闘的な反共産主義者であり、共産主義は「神の摂理に基づく民主主義に対抗する悪魔によるもの」とされた
国際勝共連合
- 反共産主義の政治団体
- 統一教会の教祖である文鮮明が1968年に韓国・日本で創設
- このとき設立に協力したのが、岸信介、笹川良一、児玉誉士夫
- 会長は統一教会(日本)の会長=久保木修己。名誉会長は笹川良一
巣鴨から同じ日に出てきた三人が、20年後に同じ政治団体の設立に名を連ねている。
ここは、争いのない事実です。

CIAと、アジアの反共ネットワーク
では、なぜCIAが統一教会をここまで支援したのか。
共産主義に立ち向かうためです。
アジアにおける反共の枠組みを、時系列で見ていきます。
アジア人民反共連盟(APACL)
- 1954年6月15日から18日、韓国大統領・李承晩の提唱により、韓国の鎮海の海軍基地で第1回大会が開催
- 日本、韓国、台湾が参加
- CIAが主導したとされます
世界反共連盟(WACL)
- 1966年11月、APACLの第12回大会がソウルで開かれ、APACLを改組・拡大して世界反共連盟を設立することが決定
- 第1回総会は台湾で開催
- 創設時の中心メンバーは、台湾の蒋介石、韓国の朴正煕、笹川良一、児玉誉士夫、そして文鮮明の5人
この5人が並んでいることは、確認できる事実です。
韓国の統一教会は、KCIA(韓国中央情報部)の後ろ盾を得て急速に拡大していきました。そしてKCIAは、米国CIAの影響下で設立された組織です。
反共産主義という一本の線で、CIA、KCIA、統一教会、国際勝共連合、そして日本の保守政治がつながっていく。
これが、今日の全体像です。

相関図で見る、全体の構造
ここまでの話を一枚にまとめたのが、この相関図です。
キーパーソンは、やはり岸信介。安倍晋三元首相の祖父にあたる人物です。
- そのビジネスパートナーとなった里見甫が、満洲におけるアヘンの密売を一手に引き受けていた
- そのネットワークに、笹川良一、児玉誉士夫、そして後に首相となる吉田茂、佐藤栄作、池田勇人、大平正芳らが並ぶ
- 小泉純也(小泉純一郎氏の実父)、岸田正記(岸田文雄氏の祖父)も、この人脈に位置づけられる
- そこにCIAが資金と主導で加わり、APACL、WACL、統一教会、国際勝共連合という反共の枠組みが組み上がる
- そして自民党へ。さらに分派として維新の会へ
満洲時代のこういうつながりが、自民党のルーツにある。そしてその資金の出所はアヘンだった。
これは、自民党の黒い歴史です。あまり知られたくないでしょう。
そして統一教会の文鮮明ともつながっていた。これも黒い縁です。

そして現在へ──東京財団、ダボス、維新
線は、現在まで伸びています。
日本財団から東京財団、そしてダボスへ
笹川良一氏の三男・陽平氏が率いてきた日本財団。その傘下に、東京財団というシンクタンクがあります。
その東京財団の2代目理事長が、竹中平蔵さんです。
竹中氏は東京財団の理事長という肩書を使って、自民党の政治家、とりわけ小泉純一郎氏に近づいていきます。
そして小泉政権とともに進めたのが、郵政民営化であり、新自由主義政策であり、労働者派遣法の改正でした。
このあたりから、日本の解体に拍車がかかっていった、というのが私の見方です。
そして竹中平蔵氏は、2007年9月から世界経済フォーラム(ダボス会議)の理事を務めています。
国民民主党の玉木雄一郎氏も、東京財団の研究員だった時期があります。
※ただし「現在のプロフィールからその経歴が削除されている」という点については、私が独自に確認することはできませんでした。
この論点は、29歳の福岡市長候補から見えた「次世代リーダー」ネットワークとも接続します。
維新の会
日本維新の会は、松井一郎代表(当時)をはじめ、もともとは自民党の議員が独立して立ち上げた政党です。
もともと同根であり、安倍・菅政権時代は蜜月でした。一部の言論人は「維新は自民党の別働部隊」と認識しています。
松井一郎氏が橋下徹氏をスカウトし――もっとも、スカウトには堺屋太一氏や菅義偉氏など複数の人物が関わっていますが――当時売れっ子のタレント弁護士だった橋下氏を政治の世界に引き込んでいった。そうして出来上がったのが維新の会です。
こうして見ると、「維新は自民党の別働部隊」という認識は、的外れどころか核心を突いている、ということになります。
なお、笹川堯氏(笹川博義氏の父、陽平氏の兄)は、小池百合子氏と玉木雄一郎氏のサポーターでもあります。
保守と言われている人たちに加えて、なぜか小池百合子氏と玉木雄一郎氏も、このグループに属していると私は見ています。

確認できたこと/確認できなかったこと
冒頭でお約束したとおり、ここで分けます。
✅ 一次資料・公的資料で確認できたこと
- 笹川良一は「A級戦犯容疑者」であり、起訴されず1948年12月24日に不起訴・釈放。同日に岸信介、児玉誉士夫も釈放
- 里見甫は満洲国通信社の初代社長。1938年3月に宏済善堂の副董事長に就任し、阿片売買を差配。1945年12月に民間人第一号のA級戦犯容疑者として逮捕され、1946年9月に不起訴・釈放
- 昭和通商は1939年4月設立、資本金1,500万円。三井物産・三菱商事・大倉商事が各500万円を出資。岩畔豪雄大佐の主導。表向きは商社、実態は諜報と阿片取引を担う陸軍統制下の特務機関
- 日本のアヘン政策は1894年の後藤新平の主張に始まり、1933年の満洲国アヘン専売制まで制度として続いた(江口圭一『日中アヘン戦争』岩波新書)
- 統一教会は1954年に韓国で創設、日本での認可は1964年、初代会長は久保木修己
- 国際勝共連合は1968年設立。設立に協力したのが岸信介・笹川良一・児玉誉士夫。名誉会長が笹川良一
- APACLは1954年6月に韓国・鎮海で第1回大会。WACLは1966年11月にソウルで設立が決定し、創設時の中心メンバーは蒋介石、朴正煕、笹川良一、児玉誉士夫、文鮮明
- 正力松太郎がCIAに協力していたことは、米国立公文書記録管理局で機密解除された文書で裏付けられている。コードネームは「PODAM」
- 大英笹川財団は1985年5月設立。日本船舶振興会が約1,000万ポンドを出捐
- 笹川陽平氏は2025年6月20日付で日本財団会長を退任し、名誉会長に就任
- 竹中平蔵氏は東京財団の理事長を歴任し、2007年9月から世界経済フォーラムの理事
⚠️ 確認できなかったこと/出典が個人ブログや投稿サイトのもの
- 笹川良一がCIAのエージェントだったという公的な裏付け(本人が公言していたと語られますが、正力氏のような公文書は確認できませんでした)
- 岸信介が6,000億円の一部を米軍に渡してA級戦犯放免を取引したという話(出典は投稿サイト『るいネット』)
- いわゆる「M資金」の存在を裏付ける一次資料(長く語られてきた話であり、詐欺の手口として使われてきた経緯もあります)
- ロバート・マクスウェルが大英笹川財団の議長だったという公式記録
- 松井良夫氏から松井一郎氏へという系譜の一次資料
- 文鮮明・朴正煕が岸・里見のグループの一員だったという記述(出典は個人ブログ『tokaiama20のブログ』)
- 統一教会の日本支部が岸信介邸の隣の敷地に作られたという話(同上)
- 玉木雄一郎氏のプロフィールから東京財団の経歴が削除されたという事実
私はこの二つを混ぜません。
混ぜてしまえば、上のリストにある確かな事実まで、まとめて「陰謀論」の一語で片付けられてしまうからです。

まとめ──自民党は、どこから来たのか
整理します。
戦前・戦時中の満洲国には、表に出せない特務があり、多くの特務機関のもとで戦費や軍事物資の調達、諜報・謀略が展開されていました。
その人的ネットワークが「満洲地下人脈」です。
そこから、後に首相になる人物が多数生まれた。岸信介を筆頭に、吉田茂、佐藤栄作、大平正芳、池田勇人。二世では小泉純一郎。
資金の出所はアヘンでした。国策としてのアヘンです。
そして戦後、巣鴨から同じ日に出てきた岸信介・笹川良一・児玉誉士夫が、1968年に国際勝共連合の設立に名を連ねる。
その背後には、アジアにおける反共を狙うCIAの構想があった。
自民党はCIAが作った政党だと、よく言われます。私は、その表現は本質的にずれていないと思っています。
CIAが育てた政党であり、現在もつながっている――そう考えてよいでしょう。
だからこそ、アメリカから本当の意味での独立、真の主権の回復というものを成し遂げることができない政党なのです。
メディアは、統一教会と自民党のつながりを「2022年に発覚した問題」として報じました。
ですが、その淵源をたどっていくと、戦前・戦時中の満洲国にたどりつく。
80年前から続いていた関係なんです。
表層ではなく、構造を見てください。
そして最後に、一つだけ申し上げておきます。
祖父や父が何をしたかで、その子や孫を裁くべきではありません。笹川博義氏を、祖父の経歴を理由に批判するつもりは、私にはまったくありません。
私が見たいのは、そこではない。
この国の政治が、どこから来て、どういう資金と人脈の上に立っているのか。その構造です。
そして、その構造を私たち国民がほとんど知らないまま、80年が過ぎた。
真の独立とは、真の主権とは、何か。
それは、自分の国の来歴を、自分たちで知っていることから始まるのではないでしょうか。
ここまでお読みくださりありがとうございます。また次の記事でお目にかかりましょう。
今回の内容をさらに詳しく解説した動画は、私のYouTubeチャンネルで公開しています。ぜひご覧ください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 笹川良一はA級戦犯だったのですか?
違います。「A級戦犯容疑者」です。戦後、巣鴨プリズンに約3年間収監されましたが、起訴されておらず、1948年12月24日に不起訴となって釈放されています。有罪判決は受けていません。同じ日に岸信介、児玉誉士夫も釈放されました。なお、阿片王と呼ばれた里見甫も1945年12月に民間人第一号のA級戦犯容疑者として逮捕されていますが、こちらは1946年9月に不起訴・釈放で、時期が異なります。
Q2. 「岸信介が6,000億円でA級戦犯放免を取引した」というのは事実ですか?
私は一次資料を提示できません。この記述の出典は投稿サイト『るいネット』であり、金額も取引の事実も裏付けを確認できませんでした。ただし関連して、一つはっきりした事実があります。同じくA級戦犯容疑で収監され不起訴となった正力松太郎氏が、釈放後にCIAの非公式な工作に協力していたことは、米国立公文書記録管理局で機密解除された文書によって裏付けられています。コードネームは「PODAM」でした。「語られてきた話」と「公文書で確認できる事実」は、分けて扱う必要があります。
Q3. 笹川良一が統一教会を日本に持ち込んだのですか?
私はそう言いたくなりますが、文書で確認できる範囲は限定的です。統一教会は1954年に韓国で創設、日本での布教は1950年代後半、宗教法人としての認可は1964年(初代会長は久保木修己)です。笹川良一氏の関与が文書で確認できるのは、1968年の国際勝共連合の設立と、その名誉会長就任です。教団そのものの日本進出と、政治団体である国際勝共連合の設立は、別の出来事として区別すべきです。
Q4. 昭和通商はどういう会社だったのですか?
1939年4月に満洲に設立された軍需国策会社です。資本金1,500万円を、三井物産・三菱商事・大倉商事が各500万円ずつ、軍の半強制的な圧力のもとで出資しました。陸軍省軍事課長の岩畔豪雄大佐が主導し、業務の指導・監督権と人事権は陸軍省が一手に握っていました。表向きは民間の商社でしたが、実態は駐在員による諜報活動と、朝鮮・満洲・蒙疆産の阿片を中国市場に持ち込んで宏済善堂を通じて換金する、陸軍統制下の秘密特務機関でした。ピーク時の従業員は3,000人近く、ニューヨークからシンガポールまで支店網を持っていました。

