田中角栄はCIAに消された──ロッキード事件という名の「政治工作」

こんにちは。金子吉友です。

戦後80年、アメリカに本気で逆らった日本の首相は誰だったか。 昨日のYouTubeで、私はCIAが自民党を育てた構造についてお話ししました。今日はその続編として、その自民党の中から現れた「アメリカに本気で逆らった首相」──田中角栄が、なぜ「消された」のかをお伝えします。

ロッキード事件とは何だったのか。汚職事件ではありません。あれはCIAが仕掛けた政治工作だった可能性が極めて高い。今日はその構造を、一つずつ解いていきます。

目次

キッシンジャーを2度激怒させた男

キッシンジャーの激怒

田中角栄について語るとき、ロッキード事件の前にまず押さえておくべき事実があります。彼が当時のニクソン政権の国務長官、ヘンリー・キッシンジャーを2度激怒させた、ということです。

1度目は1972年9月の日中国交正常化です。

アメリカが中国と国交を正常化したのは1979年。田中はそれよりも7年も早く北京に飛び、毛沢東・周恩来と会い、国交正常化に踏み切ったのです。

ここに重大な伏線があります。前年の1971年、キッシンジャー自身が極秘で中国に渡り、そのままニクソンの中国訪問を発表していたのです。いわゆる「ニクソンショック」です。日本に対しては事前通知は一切なし。日本はニュースで知らされた。これが「主権国家」に対する対米の扱いの実態でした。

そのニクソンショックの仕掛け人が、翌年には逆に田中角栄に出し抜かれた格好になったのです。「占領国」として格下に見ていた日本に、宣伝戦の主導権を奪われた──。キッシンジャーは激しく怒ったと言います。

ニューヨーク・タイムズが2006年5月28日付で報じた発言があります。

「Japanese are traitorous bastards(日本人は裏切り者の野郎どもだ)」

感情を制御することで知られていたキッシンジャーが、ここまで口を滑らせた。それだけ田中の行動が、彼の逆鱗に触れたということです。

オイルショックでアメリカに真っ向から逆らった

中東石油外交

2度目の激怒のきっかけは、1973年のオイルショックです。

ここが私が最も重要だと思う部分なんですね。石油というのは単なるエネルギーではない。アメリカが同盟国を縛る最大の道具になっているのです。

エネルギーを自分で確保できない国は、供給側の言いなりになるしかない。日本は原油のほぼ100%を輸入に頼っています。その調達ルートをアメリカが抑えている限り、日本はアメリカの意向には逆らえない。これが戦後日本の基本構造です。

オイルショックが起こった時、キッシンジャーは田中に釘を刺しました。「アラブ側につくんじゃないぞ。今はイスラエルを支持するべきなんだ」と。

田中の反応はどうだったか。真っ向から拒否したのです。

それだけではない。1973年11月、田中政権は中東政策の転換を閣議決定。「イスラエルの占領地からの撤退要求を含む」二階堂官房長官談話を発表します。アメリカのイスラエル支持方針と真っ向から対立する内容です。

さらに副首相の三木武夫を中東8カ国に派遣して独自の資源外交を展開。その結果、OAPECから「友好国」認定を勝ち取り、石油供給を確保したのです。

今のイラン情勢を見てください。日本がこんな外交をしていますか。完全にアメリカべったり、イスラエルに対しても非難声明すら出さず、ただ追従するだけ。独自の解釈などとらない。国益のための選択を取らない。

田中政権のオイルショック時の決断は、今からすると考えられないほど骨太でした。これは単なる外交的成功ではなく、アメリカのエネルギー支配から抜け出そうとしていたということです。

真の独立国とは、エネルギーを自分で確保できる国です。食料も同じ。どんな立派な憲法があっても、エネルギーを他国に握られている国は主権国家とは言えません。田中はそこに向かおうとしていた。戦後日本で本気でそれをやろうとした首相は、おそらく田中だけだったのではないでしょうか。

だからこそ彼は、アメリカにとって非常に邪魔な存在になったのです。

ロッキード事件──「黒幕」児玉誉士夫とは何者か

米上院公聴会

そしてここから、ロッキード事件の本質に入ります。

1976年2月4日、アメリカ上院チャーチ委員会で、ロッキードの副会長が証言台に立った。「我々は日本の高官に多額の賄賂を渡した」と。賄賂の目的は、全日空にロッキード社のトライスター旅客機を売り込むためでした。

賄賂の総額は約30億円。田中角栄が丸紅経由で5億円を受け取り、橋本登美三郎、佐藤孝行らも受け取った。そして最大の受領者が児玉誉士夫でした。30億円のうち21億円(7割)を児玉一人が受け取っていたのです。

1976年7月27日、田中角栄が逮捕。現職経験者の逮捕は史上初。

しかしここで問うべきは、なぜアメリカ議会が日本の汚職事件を「暴く」形になったのか、ということです。賄賂の7割を受け取った仲介者・児玉誉士夫とは一体何者だったのか。

ここを掘っていくと、すべてが繋がってきます。

「巣鴨3人衆」──CIAが設計した戦後日本の権力構造

巣鴨3人衆

1948年12月24日、クリスマスイブ。巣鴨プリズンから3人のA級戦犯が同日釈放されました。

児玉誉士夫、岸信介、笹川良一──いわゆる「巣鴨3人衆」です。

昨日の配信を見た方はピンと来るはずです。岸信介はCIAの資金で自民党を拡張した人物。安倍晋三の祖父にあたります。

3人の釈放条件は何だったか。GHQ・CIAのあらゆる反共活動を支援することでした。それ以外にも、児玉が握っていた莫大な満州アヘン利権・アヘンマネーが釈放のための資金として使われたとも言われています。

この3人が同じ日に釈放されたのは偶然ではありません。CIAが戦後日本の権力構造を設計するために、必要な人材を一度に解き放ったのです。

役割分担は明確でした:

  • 岸信介 → 政治
  • 笹川良一 → 市民社会と福祉(モーターボート利権を独占)
  • 児玉誉士夫 → 政治と暴力裏社会と金(汚い仕事を全部引き受ける裏方)

児玉は戦時中、満州で「児玉機関」を運営していました。アヘン取引や、プラチナ・タングステン・ダイヤモンドなどの戦略物資を動かす非公式機関です。蓄積した総財産は、当時の価格で約447億円相当。その財産が戦後の政治工作の原資となりました。

児玉は右翼団体400以上と関東会の暴力団を束ねていた、右翼界のドンでした。政治と暴力と資金と工作が交差する、唯一無二の結節点だったのです。1955年の自民党結党を裏から支援したのもこの男です。

CIAが2000年に機密解除した内部評価には、こう記されています。 「職業的嘘つき、ギャング、ペテン師、そして現代日本における真の実力者の1人」

CIAからすると児玉は「扱いにくいが、力がある。金も持ち、右翼も暴力団も動かせる。手放せない」存在でした。

歴史家スターリング・シーグレイブは「児玉は1984年の死亡まで一貫してCIAの給与名簿に載り続けた」と記しています。死ぬまでずっとCIAから金を受け取っていたのです。

「二重の工作」──CIAが仕掛けた完璧な罠

金権政治の時限爆弾

ロッキードと児玉の関係はいつから始まったか。1958年です。

ロッキードは航空自衛隊に戦闘機を売り込もうとしていた。ライバルはグラマン社。ロッキードは児玉誉士夫を使い、児玉は名声ある岸信介に働きかけました。結果、1960年に日本政府はF-104(ロッキード製)を選定。ロッキード社の勝利です。

この成功でロッキード・児玉の関係が固定化。1958年から69年まで年間約450万円のコンサルタント料、69年以降は1500万円に上がったとされています。

つまりロッキード・児玉・CIAの三角関係は、トライスター事件が表面化する15年以上前から既に存在していたのです。

ここで強調したいのは、CIAの恐ろしい二重工作です。

1. 第一段階:1950年代の工作を通じて自民党を「金権政治体質」に育てる。企業から金をもらい、金で政治を動かす体質を定着させる

2. 第二段階:その金権体質そのものを、田中角栄を「罠にかける装置」として使う

CIAは日本の政治文化の中に時限爆弾を埋め込んだのです。必要であればいつでも使える脅しの材料を、長年にわたって仕込んでいた。

キッシンジャーの「Of course」──情報を選択的に提供したCIA

機密文書の選択的開示

ここから今日の確信に入ります。なぜアメリカ議会が日本の汚職事件を暴いたのか。

チャーチ委員会の公式目的は「ロッキード社の海外腐敗行為の調査」でした。日本はその一部に過ぎなかった。しかし結果として、日本の政治の最深部に関わる情報が表に出ることになった。

元朝日新聞記者の奥山俊宏氏が2016年に岩波書店から『秘密解除 ロッキード事件』を出版しています。第21回司馬遼太郎賞を受賞した作品です。副題が極めて示唆的でした──「田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか」。

奥山氏の調査が明らかにした重要な事実があります。CIA関連の資料が日本の検察に渡されなかったということです。アメリカは情報を選択的に提供して、ある情報は意図的に隠した。

そしてキッシンジャー本人が、後年こう答えたとされています。

「ロッキード事件はあなたが仕掛けたのか」 「Of course(もちろんだ)」

一次資料として確定しているわけではありません。しかし複数の証言が一致しています。

ここで私の立場を明確にしておきます。CIAが児玉に直接指示してトラップを仕掛けたという文書は、現時点ではまだ公開されていません。これは正直に言わなければならない留保です。

しかし私が注目するのは「構造」です。CIAはロッキードと児玉の関係を15年以上前から把握していた。CIA関連の資料を意図的に検察側に渡さなかった。暴露するもしないもCIAのさじ加減一つだった。そして田中と敵対していたキッシンジャーの時代に、この情報が表に出た。

「言葉ではなく構造を見る」──これが私の方針です。誰が得をしたかを見れば、何が起きたかは見えてきます。田中角栄が消えて最も得をしたのは誰か。答えは明らかです。

そして児玉誉士夫は、事件発覚後、脳梗塞を理由に一度も法廷に出廷しませんでした。1984年に死亡して裁判は消滅。賄賂7割を受け取りCIAエージェントだった人物が、法廷で一度も証言せず世を去った。真相は墓場まで持っていったのです。

田中以降、自主外交を試みた首相はいない

国会議事堂の静寂

田中角栄の逮捕から50年が経過します。田中以降、自主外交を本気で試みた首相はいません。

イラク戦争への加担、普天間問題での迷走、安保関連法制の成立──大きな外交安保の決断は、常にアメリカの方向に向かってきました。鳩山由紀夫もアメリカに逆らって追い込まれましたが、田中ほど本気でアメリカを敵に回した男はいなかったでしょう。

田中の末路は、後の政治家たちに教訓を与え続けています。誰かが「逆らうな」と言う必要はない。田中の末路が、言葉以上の力でそれを示し続けているのです。

そして日本の大手メディアは、なぜこういった話を報じないのか。昨日の配信でお話しした通り、読売新聞はCIAの工作機関でした。コードネーム「ポダルトン」、正力松太郎は「ポダム」。そのメディアが今更、自分たちを生み出した構造を正面から報じるはずがありません。

記者クラブ制度も主要メディアのクロスオーナーシップも、権力と報道の癒着を制度化したものです。戦後日本のメディア空間そのものが、CIAが設計した情報管理システムの延長線上にあるのです。

私は反米を強調したいわけではありません。問うべきは、真の独立、真の主権とは何かということです。

田中角栄は欠点だらけ、金にまみれた政治家だったかもしれません。しかし彼がやろうとしたこと──エネルギーの自立、自主外交、その心意気──は、私は本物だったと思います。今の日本にはそんなものは完全に失われてしまった。

本物だったからこそ、田中角栄は消されたのです。アメリカにとって本当の脅威になってしまったということです。

過去の人物について知ること、構造を知ること。これから日本が変わっていくために、それが必要だと私は思います。

田中角栄を「金権政治家」のレッテルだけで片付けてしまうのは、まさにCIAが描いたシナリオに乗ることに他なりません。「あいつは汚職した政治家だ。だから排除されて当然だ」──このナラティブが何十年も日本人の頭の中に刷り込まれてきました。そして同時に「アメリカに逆らえば罰せられる」という暗黙のメッセージも、田中の末路を通じて全ての政治家に伝わり続けています。

それが戦後日本の政治を縛り続けてきた本当の鎖です。法律でも条約でもない、「逆らった者の運命」という見えない鎖です。

田中角栄が消されてから半世紀。同じ構造が今も続いています。私たちが今知るべきは、「誰が悪いか」ではなく「どんな構造が日本を縛っているか」ということです。構造を見抜く目を持つ人が一人でも増えること──それこそが、この長く続いた呪縛を解く第一歩になります。

今回の内容をさらに詳しく解説した動画は、私のYouTubeチャンネルで公開しています。ぜひご覧ください。

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この記事を書いた人

反グローバリズムの視点で世界情勢を情報分析するリサーチャー。登録者8万人のYouTubeチャンネル『あつまれニュースの森』を運営。

本業だったコンサルタントから徐々に歴史研究にシフトしていく。日々リサーチする中、メディアや歴史が嘘だらけであり、この世界が一部の権力機構によって支配されてきたことに強烈な違和感と憤りを覚えるようになる。

グローバリズムの根源と実態を徹底的に研究。その歴史を旧約聖書まで遡り、現在のいわゆるディープステートのルーツがハザール系とアングロサクソン系の2系統にあることを突き止める。

2021年、YouTubeを開始し、グローバリストのルーツを徹底解剖するオンラインサービス『金子ゼミ』を立ち上げる。

情報発信者としての信条は「左も右もない反グローバリズム・国益第一主義」「不偏不党」。

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