こんにちは。金子吉友です。
昨日は9.11について、タッカー・カールソン氏とカート・ウェルドン元下院議員の対談を詳しく解説しました。 1時間ほどの動画になりましたが、早くもYouTubeから制限がかかっています。
昨日の話は「実行犯の名前を1年前に掴んでいたのに、情報が3回止められた」という、事件”直前”の話でした。
今日はその手前、10年前まで遡ります。なぜ、そういう事件が起きうる土壌ができていたのか。誰が、いつ、何を書いていたのか。
今日はその続編です。
9.11同時多発テロとは、いったい何だったのか。今年で25年目を迎えるいま、この事件が世界に何をもたらしたのかを、改めて振り返ります。
そして結論から申し上げます。
冷戦が終わった瞬間から、9.11を経て、いまのイラン戦争まで。 これらは全部、一本の線でつながります。
先日お話しした「これからの世界秩序は西洋文明対イスラム文明になる」という話。そして「イスラエルが西側の右派を取り込み、イスラムが左派と結ぶ」という話。
その答え合わせが、25年前のこの日にあるのです。
冷戦が終わり、イスラエルは「お荷物」になった

まず、1990年代に遡ります。
戦略的資産としてのイスラエル
冷戦期において、イスラエルはアメリカにとって「戦略的資産」でした。
ソ連の子分であったエジプトやシリアを、押さえてくれる駒だったからです。 この辺りは、シカゴ大学のミアシャイマー教授の著書『イスラエル・ロビー』に詳しく書かれています。
ところが、ソ連崩壊とともに、この前提が消滅してしまった。
親イスラエルのネオコンの代表格である中東史家バーナード・ルイスですら、こう述べています。
「冷戦期間中、戦略的資産としてイスラエルがいかなる価値を持っていたにしろ、その価値は冷戦が終了した時点で明らかに終わった」
つまり、冷戦が終わってから、イスラエルはアメリカにとって「お荷物」になってしまったのです。
これはイスラエルにとって、由々しき事態でした。
湾岸戦争で起きた、決定的な出来事
その象徴的な事例が、1991年の湾岸戦争です。
イラクがイスラエルに向けて、スカッドミサイルを撃ち込みました。(発射数は資料によって差がありますが、40発前後とされます)
なぜイラクはイスラエルを撃ったのか。
イスラエルが反撃してくることを、狙っていたからです。
当時アメリカは、エジプト、シリア、サウジアラビアを含む多国籍軍を組んでいました。
もしイスラエルがイラクに反撃すれば、どうなるか。
アラブ諸国側は、イスラエルに対抗しなければならなくなる。 イラクどころではなくなり、多国籍軍が内部から崩壊するのです。
フセインは、まさにそこを狙っていました。
だからアメリカは、イスラエルに対して「絶対にイラクに反撃するな」と強い圧力をかけた。
いまの力関係では考えられないことですが、当時はそれが可能だったのです。
もうイスラエルが下手に動くと、すべてがめちゃくちゃになる。 90年代のイスラエルは、アメリカにとって危なっかしくて仕方がない存在になっていた、ということです。
「テロとの戦い」は、まだ存在していなかった
ここで、よくある誤解を一つ潰しておきます。
「90年代にも中東でアメリカ大使館へのテロが起きていた。だからテロ対策という新しい根拠で米イスラエル協力が続いたのだ」——この説明は、明確に誤りです。
なぜか。
冷戦終結から9.11までの「空白の10年間」、テロの数はむしろ減っていたからです。
「テロとの世界規模での戦争」というコンセプトは、この10年間には存在していません。
それは2001年の9.11以降に生まれた概念なのです。
それでも支援は続いた
では、お荷物になったイスラエルへの支援を、アメリカはなぜ続けたのか。
理由は二つあります。
- イスラエル・ロビーが強力に作動していた。アメリカの議員たちは、すでにこの時点で押さえられていた
- 「イスラエルは資産である」という認識が、惰性で続いていた。実質はお荷物なのに、「中東で唯一の民主主義国だ」「大切なパートナーだ」という認識が残り続けた
ミアシャイマー教授は、これを「ドグマ(教義)と言っても過言ではない」と表現しています。
そして、この空白の10年間に動いていたのが——ネオコンでした。
※参照:ミアシャイマー/ウォルト『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策』
1996年「クリーンブレイク」──アメリカ向けではなかった文書

ネオコンの動きを見ていくと、PNAC(アメリカ新世紀プロジェクト)が有名です。ですがそれ以前に、決定的な文書がありました。
『クリーンブレイク』とは何か
正式名称は『A Clean Break: A New Strategy for Securing the Realm(クリーンブレイク——領域を守るための新戦略)』。1996年の文書です。
そして、ここが最も重要な点です。
これは、アメリカ大統領に向けて書かれたレポートではありません。ネタニヤフ第一次政権のために作成された政策文書なのです。
発行したのはIASPS(高等戦略政治研究所)——イスラエルに本拠地を置くシンクタンクです。
その内部に「2000年に向けたイスラエル政策の研究グループ」が作られ、そこが出した報告書が『クリーンブレイク』でした。
誰が書いたのか
執筆に関わった主なメンバーです。
- リチャード・パール(研究グループのリーダー/アメリカン・エンタープライズ研究所)
- ダグラス・フェイス(当時は法律事務所、ネオコンの論客)
- デイビッド・ワームサー(起草者/国務省勤務を経てIASPSのアメリカ拠点に所属)
- ほかにジェームズ・コルバート、チャールズ・フェアバンクス・ジュニア、ロバート・ローウェンバーグ、メイラヴ・ワームサー
つまりこれは、イスラエルのシンクタンクが作り、アメリカのネオコンが協力した「合作」だったということです。
何が書かれていたか
内容は、こうです。
- サダム・フセインの除去
- シリアの弱体化
- ヒズボラの無力化
- イランの体制崩壊
そして「オスロ合意からの決別」と、「先制攻撃の原則」の再確立。
1996年です。9.11の5年前です。
保守派の論客パトリック・ブキャナンは、2003年のイラク侵攻を受けてこう書きました。
「彼らの計画は、いまやパール、フェイス、ワームサーらによって、アメリカに押しつけられた」
※参照:A Clean Break: A New Strategy for Securing the Realm(IASPS, 1996)
https://www.dougfeith.com/docs/Clean_Break.pdf
1997年PNAC──そして「新しいパールハーバー」

クリーンブレイクの翌年、1997年に誕生したのがPNAC(アメリカ新世紀プロジェクト)です。
創設者とその周辺
作ったのはウィリアム・クリストルとロバート・ケーガン。二人ともネオコンの論客です。
そして、この一族の広がりを見てください。
- ロバート・ケーガンの妻はビクトリア・ヌーランド。ウクライナのマイダン革命に関与した、オバマ政権の国務次官補です
- 兄のフレデリック・ケーガンは、アメリカン・エンタープライズ研究所の研究員
- フレデリックの妻キンバリー・ケーガンが立ち上げたのが戦争研究所(ISW)で、彼女はその所長
ネオコンのファミリー企業のようなものです。
クリントンへの公開書簡
PNACは設立の翌年、1998年1月に、クリントン大統領宛ての公開書簡でフセイン政権の打倒を公式に要求しました。
この書簡に署名した顔ぶれです。
- ディック・チェイニー(のちの副大統領)
- ドナルド・ラムズフェルド(のちの国防長官)
- ポール・ウォルフォウィッツ(のちの国防副長官)
- ジョン・ボルトン ほか
2000年9月の報告書
そしてPNACで最も有名なのが、2000年9月の報告書『米国防衛の再構築』——約90ページのレポートです。
その「明日の支配的な戦力の創造」という章に、こう書かれています。
「変革のプロセスは、たとえ革命的な変化をもたらすものであっても、新たな真珠湾のような破局的かつ触媒となる事件がなければ、長い時間を要するであろう」
ここで言う「真珠湾」とは何を指すか。
当時のアメリカ国民は、第二次世界大戦への参戦に反対していました。 それを一転させたのが真珠湾攻撃だったのです。
同じ構図が、当時ありました。
- アメリカが中東に軍事介入する筋合いがない
- 国民の本音は「そんなことより自国を豊かにしよう」
- 冷戦終結で軍事予算は削減されている
- そしてイスラエルは、お荷物のままである
この状況を変えるには、世論を一発でひっくり返す「触媒となる事件」が必要だ——
そう書いた、ちょうど1年後に、9.11が起こります。
「触媒」という言葉の異様さ
ここで、言葉そのものに注目してください。
彼らが使ったのは「触媒(catalyzing)」という単語です。
触媒とは、化学の用語です。 それ自体は変化しないまま、反応を劇的に速める物質のこと。
つまり彼らは、こう考えているわけです。
「本来なら何十年もかかる変革がある。だが触媒さえ入れば、一気に進む」
——そしてその触媒として想定されているのが、数千人が死ぬような破局的事件だということです。
これを、公開文書に書いている。
私が繰り返し申し上げてきたことですが、彼らは予告するのです。計画を発表するのです。
なぜ書けるのか。 書いても誰も本気にしないと知っているからでしょう。 そして実際、2000年9月のこのレポートを、当時まともに問題視した人はほとんどいませんでした。
そして彼らは、政権の中に入った
PNACとクリーンブレイクの署名者たちが、ブッシュ政権でどのポストに就いたか。
- ディック・チェイニー → 副大統領
- ドナルド・ラムズフェルド → 国防長官
- ポール・ウォルフォウィッツ → 国防副長官
- リチャード・パール → 国防政策委員会 委員長
- ダグラス・フェイス → 国防次官
- デイビッド・ワームサー → チェイニー副大統領の中東担当顧問
シンクタンクが政策に影響を与えた、という話ではありません。シンクタンクのネオコンが、そのまま政権になったのです。
9.11直前のイスラエルと、あの発言

では、9.11の直前、イスラエルはどういう状況だったのか。
孤立していた
時系列で並べます。
- 2000年9月:当時のシャロンが神殿の丘を訪問。これをきっかけに第二次インティファーダが勃発
- 2001年2月:シャロン政権が誕生
- 2001年8月31日〜9月8日:ダーバン国連反人種主義会議が開催され、9月3日にアメリカとイスラエルが退場
- その8日後 — 9月11日、同時多発テロが発生
イスラエルは当時、国際的に非常に厳しい状況に追い込まれ、孤立していました。
ここで、はっきり申し上げておきます。 これをもって「イスラエルが仕組んだ」と言うことはできません。私は事実を時系列で並べているだけです。
ネタニヤフの、あの言葉
そして2001年9月11日、当日です。
ニューヨーク・タイムズのジェームズ・ベネット記者が、ネタニヤフに「この攻撃はイスラエルとアメリカの関係にとって何を意味するか」と尋ねました。
返ってきた答えは、これでした。
「It’s very good.(それは非常に良い)」
そして直後に、言い直します。
「いや、非常に良いというわけではないが、即座の同情を生むだろう」
最初に、本音がこぼれてしまったのです。
さらに7年後、2008年4月のバル・イラン大学での発言です。イスラエルのハアレツ紙などが報じています。
「我々はある一つのことから利益を得ている。それはツインタワーとペンタゴンへの攻撃、そしてイラクにおけるアメリカの苦闘である」
「これらの出来事は、アメリカの世論を我々に有利な方向へ振り向けた」
本人が、はっきりそう言っているのです。
何が「有利」だったのか。 アメリカの世論が、中東のイスラム過激派に対する戦争を肯定する方向へ導かれた。ここに価値を感じているわけです。
ウェズリー・クラーク将軍が見た「7か国のメモ」

9.11の直後、極めて重要な証言があります。
証言の内容
2001年9月20日ごろ、元NATO欧州連合軍最高司令官のウェズリー・クラーク将軍が、ペンタゴンでラムズフェルド国防長官の長官室から出てきたメモを見せられたといいます。
そこに書かれていたのは——
「今後5年で、7か国を叩き潰す」
その7か国です。
- イラク
- シリア
- レバノン
- リビア
- ソマリア
- スーダン
- そして最後にイラン
クラーク将軍は、2007年3月のデモクラシー・ナウのインタビューでこれを公にしました。
メモは「上から降りてきた」——つまり国防長官室から来たものだと説明されたとのことです。
ここも、留保をつけます
このメモそのものは公開されておらず、ペンタゴンが公式に認めたこともありません。 クラーク将軍自身、「メモを実際に読んだわけではない」とも述べています。
つまり、これは将軍の証言であって、文書として確認されたものではないということです。
そこは分けてお考えください。
では、25年後どうなったか
それでも、事実として並べるとこうなります。
- イラク → 2003年、アメリカの侵攻を受け政権転覆
- リビア → カダフィ大佐が殺害
- シリア → アサド政権が追放
- レバノン → 現在イスラエルが激しく攻撃中
- ソマリア → イスラエルがソマリランドを国家承認し、軍事拠点化を進める(対岸にはイエメンのフーシ派)
- スーダン → 2020年のアブラハム合意でイスラエルを国家承認(現在は内戦中)
- イラン → 今年1月に戦争が勃発し、現在も継続中
7か国すべてです。例外がありません。
※参照:Democracy Now!(2007年3月2日)
https://www.democracynow.org/2007/3/2/gen_wesley_clark_weighs_presidential_bid
では、もっとも得をしたのは誰か

ここまで並べたうえで、問います。
もっとも得をしたのは、誰ですか。
アメリカでしょうか。違います。
中東のアラブ諸国でしょうか。違います。
イスラエルです。
そして、もっとも損をしたのは——攻撃を受けた国々の人々と、同時に、アメリカの国民です。
アメリカのネオコンや軍事産業は、多大なる恩恵を得ました。 ですがアメリカ国民は、この25年で最も損をした側なのです。
9.11委員会自身が認めていたこと

そして、ここが決定的です。
報告書は何と書いたか
2004年の9.11委員会報告書は、ビンラディンとアルカイダの動機について分析しています。
その内容を、正確にお伝えします。
- 最も頻繁に挙げられていた不満は、1990〜91年の湾岸戦争以降、アメリカ軍がサウジアラビアに駐留し続けていたこと。聖なる土地への冒涜であり、占領であるという主張です
- そしてもう一つの柱が、アメリカのイスラエル支援。実行犯の何人か、そしてビンラディン自身が、イスラエルへの憎悪とそれを支援するアメリカへの怒りに動機づけられていた、とされています
- なおビンラディンはイスラエルを「二次的な敵」と見ており、アメリカこそが「蛇の頭」だと考えていたとも記されています
ここは正確に書いておきます。「アメリカのイスラエル支援が第一の動機だった」とまでは報告書は言っていません。最も頻繁に挙げられていたのはサウジ駐留です。
ですが、それでも動かない事実があります。
アメリカ政府の公式報告書自身が、アルカイダの動機を「アメリカ自身の中東政策への反発」として説明している、ということです。
CIAはこれを「ブローバック(吹き返し)」**と呼びます。
つまり、因果が逆だった
「イスラエルは対テロ戦争の最前線の同盟国である」——このコンセプトは、二重に成立していません。
- 時系列が合わない。 90年代にテロはむしろ減っていた
- 因果関係が逆である。 イスラエル支援がテロを生んだ、という関係だった
そして根っこを辿れば、ケネディまではアメリカのイスラエル支援は抑制的でした。
ケネディが殺され、ジョンソン政権から露骨な支援に転じます。 これによってエジプトとの関係に亀裂が走り、エジプトは本意ではないままソ連の支援を受け入れることになった。
この頃から、アラブ・イスラム世界の反米感情が蓄積されていったのです。それが30年続いて、9.11という形で返ってきた。
いま、同じことが起きようとしている
では、現在です。
イラン戦争は膠着している
- 8月16日から17日にかけて、60日間の交渉期限が最終合意なしで満了
- 最大の争点は核ではなく、ホルムズ海峡の管理権と凍結資産だった
- トランプ大統領はオマーンへの爆撃を威嚇し、18日には「イランとの交渉は行われていない」とまで発言
- イランは延長にも応じていない
- 開戦から約6か月。そしてこの戦争は、米国内で極めて不人気
合意もできず、戦争も終わらない。完全に宙吊り状態です。
イスラエルにとっては、不満な状況
イスラエルはもともと、アメリカに代理で戦争をやらせ、イランを政権転覆させ、核を排除させようとしていました。
ところがアメリカが終戦交渉に動いている。これは気に食わない。
ここで、何か一転させる「触媒」があれば——
そう考えたとき、最も効くのは何か。アメリカの世論を一発で変えるような、「新しいパールハーバー」のような事件です。
だからこそ、偽旗作戦の可能性が何度も警告されてきた。タッカー・カールソン氏も警告していました。
これが、25年目の答え合わせです。
まとめ──いまの世界の分断は、25年前に作られた
最後に、この25年で何が起きたのかを整理します。
アメリカが失ったもの
アメリカは9.11を機に「対テロ戦争」を始め、中東に釘付けになりました。
アメリカの弱体化を招いた最大の原因は、この対テロ戦争に介入したことです。
ネオコンはこれを利用して増長し、軍事産業も潤った。 そして最も損をしたのは、アメリカ国民でした。
「保守=親イスラエル」はいつ生まれたか
そして、ここが今日いちばんお伝えしたいことです。
9.11の前、世界の対立軸は冷戦の延長にありました。民主主義 対 共産主義です。
このとき、「保守=親イスラエル」ではありませんでした。
ところが9.11の後、対立軸が変わります。民主主義 対 イスラム過激主義へ。
この瞬間に、「イスラムを警戒すること」と「イスラエルの側に立つこと」が、一つのパッケージになったのです。
そして25年かけて、この構造が固定化した。 西側の右派全体が、取り込まれていった。
先日の記事で「イスラエルは右に、イスラムは左に」という話をしました。 なぜそんな構造になったのか——その起点が、ここにあったのです。
そしてレッドグリーン同盟は、その反作用として生まれてきた。 イスラエルに対抗する形で、赤と緑が手を結んだのです。
いま私たちが直面している世界の分断線は、25年前のあの日に引かれたものだ、ということです。
では、日本はどちらにつくべきか
議論はあります。ですが、結論は単純です。
どちらにも組みしない。独立したポジションを取り、どちらとも仲良くやる。
これが日本の取るべき立ち位置です。
ところが高市政権は、西側陣営、とくにアメリカにべったりくっついている。 そうすることでロシアを敵に回し、中国を敵に回している。
イスラム圏とは元々関係が良かったのに、このまま行けば、そこも悪くなります。
イラン戦争でアメリカ側についてしまった以上、イランとの関係は悪化していくでしょう。 これまで積み上げてきた資産が、全部台無しになる。
イランは寛容な国なので、まだ日本を仲間だと思ってくれています。 ですが「早く目を覚ませ、そちら側にいるといつか戦うことになる」——そう考えているはずです。
プーチン大統領が先日、択捉島に上陸したのも警告でしょう。 「目を覚ませ。いつまでそっち側にいるんだ」というメッセージです。
同盟が、リスクになる時代
北方領土が日本固有の領土であること、それは事実です。 ただし、ロシア側は違う認識を持っている。そこを外交で読まなければなりません。
安倍政権のとき、二島返還のところまで行きました。 そのときロシア側から「返還した領土に米軍基地を作らないこと」を条件として出された。 日本は「それは飲めない」と言ってしまった。だから御破算になったのです。
あのとき「分かった、アメリカと交渉する」とだけでも言っておけば、話は変わっていました。
結局、アメリカとの関係が、安全保障上のリスクになっているのです。
今回のイラン戦争でも同じです。 湾岸諸国は、米軍基地があること自体がリスクになりました。
アメリカと同盟を組んでいることが、かつては保険だった。 それがいまや、お荷物になり、足枷になりつつあるという一面があるのです。
だからこそ、両方の陣営のどちらかに属するのは非常に危険です。戦争に巻き込まれていく。
ここを超えたところに行かなければなりません。インドのようなポジションが、一つの参考になるかもしれません。
いまの日本は、どっぷりこちら側です。 戦争に巻き込まれていく可能性は、非常に高いと言わざるを得ません。
この25年で、日本は何を失ったのか
最後に、日本の側から25年を数えてみます。
2001年、日本はテロ対策特別措置法を作り、インド洋に自衛隊を送りました。
2003年、イラク戦争を支持し、イラク特措法でサマワに派遣しました。 大量破壊兵器は、ありませんでした。
では、その検証を日本はどこまでやったでしょうか。
アメリカでも、イギリスでも、開戦の判断をめぐる検証が行われました。 イギリスにはチルコット報告があります。
日本には、何がありますか。
そして、この25年で日本が得たものと失ったものを並べてみてください。
- 得たもの:同盟国からの評価。「有志連合の一員」という立場
- 失ったもの:中東諸国が長年日本に対して持っていた「戦争をしない国」という信用
日本は中東で、欧米とは違う特別な位置にいました。 植民地支配をしておらず、十字軍の記憶もなく、石油を買う相手として信頼されていた。
その資産を、この25年で少しずつ削ってきたのです。
そしていま、イラン戦争でまた同じ選択をしている。
表層ではなく、構造を見てください。そして、誰が得をするのかで見てください。
ここまでお読みくださりありがとうございます。また次の記事でお目にかかりましょう。
よくあるご質問(FAQ)
Q1. 「クリーンブレイク」は本当にネタニヤフ向けの文書だったのですか?
はい、これは確認できる事実です。 正式名称は『A Clean Break: A New Strategy for Securing the Realm』で、1996年にリチャード・パールが率いる研究グループが、当時のイスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフのために作成し、IASPS(高等戦略政治研究所)が発行しました。執筆者にはダグラス・フェイス、デイビッド・ワームサーらが名を連ねています。内容はオスロ合意からの決別、フセイン政権打倒をアメリカに促すこと、その後のシリア、レバノン、イランへの行動でした。 そして彼らはのちにブッシュ政権の国防関連ポストに就いています。
Q2. ウェズリー・クラーク将軍の「7か国のメモ」は事実ですか?
将軍が証言していることは事実ですが、メモそのものは公開されていません。 クラーク将軍は2007年3月のデモクラシー・ナウで、9.11直後にペンタゴンで「今後5年で7か国を叩く」というメモの存在を知らされたと語りました。ただしペンタゴンはこれを公式に認めておらず、クラーク将軍自身も「メモを実際に読んだわけではない」と述べています。 証言であって、文書として確認されたものではないという点は、はっきり分けてお考えください。ただし挙げられた7か国が、25年後に例外なくその通りになっているのは事実です。
Q3. 9.11委員会は「アメリカのイスラエル支援がテロの原因だ」と結論づけたのですか?
そこは正確に区別する必要があります。 報告書が最も頻繁に挙げられた不満としているのは、1990〜91年の湾岸戦争以降、アメリカ軍がサウジアラビアに駐留し続けたことです。アメリカのイスラエル支援は「もう一つの柱」として記されており、実行犯の何人かとビンラディンがそれに動機づけられていたとされています。 つまりイスラエル支援が第一の動機だったとまでは書かれていません。 ですが、アメリカ政府の公式報告書が、アルカイダの動機をアメリカ自身の中東政策への反発として説明しているという点は動きません。
Q4. 日本はどうすればよいのですか?
本記事の結論は「どちらの陣営にも組みしない」です。 独立したポジションを取り、どちらとも仲良くやる。参考になるのはインドのような立ち位置だと述べています。具体的には、ロシアとの関係修復、イランをはじめとする中東との関係維持、中国への挑発をやめることです。警戒して備えることと、挑発することはまったく別であり、同盟が保険ではなく足枷になる局面がある——湾岸諸国が米軍基地ゆえにイランの攻撃対象になった事例が、それを示しています。
金子吉友 / あつまれニュースの森 / 2026年8月21日配信「9.11とは何だったのか? 同時多発テロから25年 もっとも得をしたのは誰か?ネオコンの産物って本当ですか?」より

