こんにちは。金子吉友です。
ニューヨーク・タイムズとウォール・ストリート・ジャーナル。アメリカを代表する二つの新聞が、この数日、立て続けに同じ人物を追い詰める記事を出しました。
相手は、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相です。
内容は、こうです。2023年10月7日のハマスによる奇襲の前に、ネタニヤフ首相は複数のルートから警告を受け取っていた。しかし、その警告を軍にも情報機関にも伝えていなかった——。
そして報道の2日後、ネタニヤフ首相はアブダビへ飛びました。
イスラエルでは、来月10月27日に総選挙があります。世論調査では、結党からわずか1年の新党が第1党に立っています。
今日は、①主要メディアが何を報じたのか、②そもそも2023年10月7日に何が起きたのか、③NYTは何を加え、そして何を言っていないのか、④10月27日の総選挙はどうなるのか——この順番で見ていきます。
そして最後に、いちばん大事な問いを置きます。ネタニヤフが退場すれば、世界は平和になるのか。
先に申し上げておくと、私の答えは「ならない」です。その理由も、最後にお話しします。

主要メディアが、一斉にネタニヤフを追い始めた
ニューヨーク・タイムズ、2026年9月25日
まず、2026年9月25日付のニューヨーク・タイムズの記事です。
見出しは「ネタニヤフ氏は10月7日の前に、ハマスの攻撃について警告を受けていたとされる」。リード(書き出し)はこうです。
> UAE(アラブ首長国連邦)の指導者からの警告は、攻撃の中身については具体性を欠いていた。そして、イスラエルの治安機関のトップには届かなかった。
書いたのは3人の記者です。エルサレムのアダム・ラスゴン記者、ワシントンで情報機関を担当するマーク・マゼッティ記者、テルアビブのロネン・バーグマン記者。特にマゼッティ氏とバーグマン氏は、情報機関の報道で実績のある記者です。
ここでまず押さえておくべきは、見出しが「警告を受けていたとされる」であることです。断定ではありません。関係者の証言にもとづく報道である、という点を最初に確認しておきます。
ウォール・ストリート・ジャーナル、9月28日——エジプトからの警告は3回だった
そしてその3日後、2026年9月28日。今度はウォール・ストリート・ジャーナルが報じました。
こちらの中身は、さらに具体的です。
- エジプト総合情報局長官のアッバス・カメル氏が、10月7日の数日前に、ネタニヤフ首相本人へ直接電話をかけて警告していた
- しかもこれは3回目の警告だった
- それ以前に、エジプトはイスラエルに対して2回、攻撃が近づいている兆候を伝えていたが、いずれも行動に移されなかった
- 2023年9月には、カメル氏自身がイスラエルへ飛び、より深刻な警告を伝えている
WSJは、UAEのムハンマド・ビン・ザイド大統領からの警告についても、同じ記事で触れています。
首相府はWSJの質問に回答しませんでした。ただし従来から、「ネタニヤフ首相は10月7日の前の数か月間、カメル長官と話していない」と否定してきています。
エジプトから3回、UAEから1回。数えれば、少なくとも4つのルートから警告が来ていたことになります。

そして9月27日、アブダビへの電撃訪問
ここからが、今回いちばん動きのあった部分です。
2026年9月27日、ネタニヤフ首相はアラブ首長国連邦を電撃訪問し、アブダビの空港でムハンマド・ビン・ザイド大統領と会談しました。
報じられたこと——ハーレツとタイムズ・オブ・イスラエルが、関係筋の話として、ネタニヤフ首相が「電話をめぐる報道を否定してほしい」と要請したと報じました。あわせて「道義的な支援」も求めた、とされています。
本人と各国の反応——
- ネタニヤフ首相は訪問そのものは認めましたが、「否定を求めた」ことは否定しています
- そしてハーレツを提訴すると表明し、報道を「捏造」「政治的動機によるもの」と呼びました
- UAEは、訪問があったこと自体は確認しました
- 一方、エルサレム・ポストは、会談の中心はイランだったと報じています
訪問があったことは事実です。しかし、そこで何を求めたのかについては、双方の主張が真っ向から食い違っています。
それでも、私はこう見ています。これまでであれば、あまり考えられないことです。西側の主要メディアが立て続けにネタニヤフ首相を追い詰める記事を出し、本人が慌ててUAEへ飛ぶ。これは偶然というより、一部から始まった「ネタニヤフ降ろし」だと考えたほうが自然ではないでしょうか。
選挙に向けたプロパガンダ合戦という側面もあるはずです。嘘か本当かは関係ない。信用を下げる効果があればそれで十分だ——そういう狙いである可能性も、私は排除しません。
もちろん、警告があって、それを無視したということが事実である可能性もあります。その両方を頭に置いたまま、先に進みます。

※参照:The New York Times(2026年9月25日)/The Wall Street Journal(2026年9月28日)/Haaretz・The Times of Israel(2026年9月28日)
そもそも、2023年10月7日に何が起きたのか
あの日の被害
ここを知らないまま今回の報道だけ聞いても、それがどれくらい重い話なのか、実は伝わりません。ですから、一度戻ります。
2023年10月7日、午前6時29分。ガザから大量のロケットが飛び、同時に分離壁が爆破されました。ハマスの精鋭部隊ヌフバを中心に、イスラム聖戦なども加わり、バイク、ピックアップトラック、パラグライダーで国境を越えてきました。
狙われたのは3つです。
- 国境沿いにあるイスラエル国防軍(IDF)の基地と監視拠点
- ベエリ、クファル・アザ、ニル・オズなど、およそ30の共同体
- レイムの近くで開かれていた野外音楽フェス「ノヴァ」。参加者は3,000人以上
被害は——死者およそ1,200人。負傷者3,300〜4,000人。犠牲者には乳児から90代までが含まれます。ホロコーストを生き延びた人も、アラブ系のイスラエル人も、タイ人など外国人労働者も含まれている。国籍は40か国以上。ノヴァの会場と、そこから逃げる経路だけで、IDFの調査では民間人344人、治安要員34人が亡くなりました。そしておよそ251人がガザへ連れ去られたのです。
多くの戦闘員がゴープロを頭に着けて、殺害の様子を自分で撮影し、配信していました。
ここははっきり言っておきます。
これは民間人に対する意図的な攻撃であり、人質を取る行為です。国際法上、明確な戦争犯罪です。
今日の話は、この事実を薄めるためのものではありません。私が問いたいのは、一点だけです。これほどの規模の攻撃が、なぜ止められなかったのか。

なぜ、誰も来なかったのか
あの日いちばん不可解だったのは、防衛の空白です。
イスラエルは、ガザ地区を高度な監視システムで囲っていました。自動機関銃。センサー付きのフェンス。地下トンネルの探知。世界最高水準と言われていた監視網です。
その国境が、数時間にわたって、ほぼ無防備でした。
これはIDF自身の調査が認めています。ガザ師団の指揮系統は崩壊し、最初の数時間、援軍はほとんど来なかった。
なぜか。
- 一つ目。そもそも部隊が手薄でした。10月7日は、ユダヤ教のスコット(仮庵の祭り)の期間でした。この時期、IDFは部隊のかなりの部分をヨルダン川西岸のほうに回しており、ガザ周辺はいつもより薄い体制だったのです
- 二つ目。なぜそんな判断ができたのか。それは「ハマスはガザで戦争を望んでいない」という前提があったからです
- 三つ目。警報が上がらなかったのではありません。上がっていたのに、握り潰されていた
- 四つ目。これは後から出てきた話ですが、当日の午後、イスラエル側が自国の車両を撃っています
そもそも、あれだけのセンサー網を、ハマスが気づかれずに通過できたこと自体が考えにくい。だからこそ、意図的にガードを甘くしたのではないか、奇襲後もIDFの出動を意図的に抑えたのではないかという指摘が出てくるわけです。これは指摘であって、確認された事実ではありません。ただ、指摘が出ること自体には理由がある——そう申し上げておきます。

9月9日、ハーレツが先に報じていた
実は、UAEからの警告を最初に報じたのは、ニューヨーク・タイムズではありません。
2026年9月8日(日本時間9日)、イスラエルの新聞ハーレツが出した調査報道が先でした。内容を一言で言うと、こうです。
2023年10月7日の奇襲の前に、ネタニヤフ首相はある人物から直接、警告を受け取っていた。しかも、その警告を誰にも伝えなかった。国防大臣にも。参謀総長にも。情報機関のトップにも。
首相府はすぐに反応しました。「完全な嘘だ」。全面否定です。
ところが、元首相のナフタリ・ベネット氏が、ラジオでこう言いました。「この事実は本当だと、私は知っている」。そして野党の4人の党首が、異例の共同声明を出したのです。
この件は以前の記事でも扱っていますが、今回はそこにニューヨーク・タイムズとウォール・ストリート・ジャーナルが追撃をかけた、という構図になります。

45分の電話
では、誰からの、どんな警告だったのか。
2023年9月の末。10月7日のおよそ10日前です。
UAEの大統領、ムハンマド・ビン・ザイド(MBZ)が、秘匿回線でネタニヤフ首相に電話をかけました。通話時間は45分。
伝えた内容は、こうだとされます。
> 「ヤヒヤ・シンワルが、イスラエルに対する大規模な作戦を準備している」
シンワルは「大きなサプライズを用意している」と言い、アラビア語で「ジルザル」という言葉を2度使った。日本語にすると、地震です。
これに対して、ネタニヤフ首相は落ち着いた様子でこう答えたとされます。「ガザは掌握している。動きがあるとすれば、ヨルダン川西岸のほうだ」。
そして、ここが最大の問題です。この電話の内容を、首相は誰にも伝えなかった。国防大臣にも。参謀総長にも。シンベト長官にも。モサド長官にも。
この報道は、ハーレツの記者ルース・ユヴァル氏と、ジャーナリストのシュロミ・エルダル氏が書いた新刊『Hostages: 843 Days of Abandonment(人質——見捨てられた843日)』の調査に基づくものです。

首相府は全面否定、しかし2人の元長官が証言
ここは、事実と主張をきちんと分けます。
首相府の公式反応——「完全な嘘だ。ネタニヤフ首相は、その時期にUAE大統領と話していないし、いかなる警告も受けていない」。全面否定です。
一方、UAEの外務省は、「政府首脳間の会話に関する報道や憶測には、コメントしない」と述べました。否定は、していないんですね。
そしてタイムズ・オブ・イスラエルは、その会話を知るUAEの関係者が、報道内容を同紙に確認したと書いています。ただし、名前は出ていません。
ここまでなら、匿名の証言と、公式の否定がぶつかっているだけです。
しかし、今回の報道には、もっと重い部分があります。
ハーレツによれば、元シンベト長官のロネン・バル氏、そして元参謀総長のヘルツィ・ハレヴィ氏。この2人が、いずれも「自分はUAE大統領からの警告について知らされていなかった」と証言しているのです。
つまり、電話があったかどうかは、争われている。しかし「治安機関のトップに伝わっていなかった」という点については、当のトップ2人が認めているわけです。

エジプトからの警告と、イスラエル国内の反応
これは今回が初めてではありません。
攻撃のわずか2日後、2023年10月9日の時点で、イスラエルのイェディオト紙とAP通信が報じています。エジプト総合情報局の長官アッバス・カメル氏が、攻撃のおよそ10日前に「何か異常なこと、恐ろしい作戦が近い」と警告した、と。
APが取材した匿名のエジプト当局者は、こう言っています。「何度も『大きな爆発が近い』と伝えた。しかしイスラエルは過小評価した。関心は西岸にあった」。
これに対する首相府の反応も、当時から同じでした。「完全な嘘だ」。
そして今回——
- 元首相のナフタリ・ベネット氏がラジオ局103FMで、「この事実は本当だと、私は知っている」と述べ、「ネタニヤフは個人的かつ直接的な責任を負う」と言いました
- 元参謀総長のガディ・アイゼンコット氏は、「ネタニヤフはイスラエルを盲目のまま破局へ導いた」と述べ、政権を取れば国家調査委員会を設置すると改めて表明
- 元首相のヤイル・ラピド氏は、「ネタニヤフが職責を果たしていれば、虐殺は防げた」
- アイゼンコット、ベネット、リーベルマン、ゴランという4人の野党指導者が、異例の共同声明を出しました
ただし、ここは押さえておく必要があります。
イスラエルでは来月10月27日に総選挙があります。つまりこの報道は、選挙の直前に出ている。政治的な文脈があることは、差し引いて見なければいけません。

ニューヨーク・タイムズは何を加え、何を言っていないのか
新たに加えた3つの核心
ハーレツが先に報じた話に、NYTは3つの新しい材料を加えています。
1つ目。通話を、別々のルートの2人が証言しました。「MBZ本人と話した」という人物と、「首脳どうしの通話について説明を受けた」という人物です。2人とも、2023年9月末、MBZがネタニヤフ首相に「ハマスが大規模な攻撃を検討している」と内密に伝えたと話しています。
2つ目。これが最大の新情報です。NYTは、2023年10月1日の治安会議の議事録を見ています。攻撃の6日前、ガザの情勢を話し合った会議です。その会議で、ネタニヤフ首相はUAEの警告に一言も触れていなかった、と議事録にもとづいて報じています。
3つ目。数か月後、MBZが当時のCIA長官ウィリアム・バーンズ氏にこの通話のことを話した。協議を知る1人によると、MBZは「ネタニヤフ首相とハマスの脅威について話した」と伝えたそうです。ただし、これは当時その場で共有したのではなく、後になってからの話です。
首相府とUAEの外務省は、NYTの取材に答えていません。
3つとも、匿名の関係者の証言と、NYTが閲覧した記録にもとづくものです。公的な確認は、まだありません。

警告の中身は、「具体」のない一般警告だった
ここは大事なところです。
NYTは「10月7日の作戦の細かい中身を伝えた」とは書いていません。
記事に書かれている警告の中身は、こうです。
- 内容は、「ハマスが大規模な攻撃を検討している」という水準
- その情報が、どこの情報機関のものなのかは分かっていません
- ロケット攻撃なのか、地上侵攻なのかも特定していなかった、と関係者の1人が話しています
- 電話で、ほかに何を話したのかも分かっていません
つまり——いつなのか、どれくらいの規模なのか、どういう手口なのか。この3つがどれも伝えられていない。NYT自身の書き方でも、「一般的な警告」だったということです。
ここを押さえておかないと、「ネタニヤフは作戦を全部知っていた」という話に飛躍してしまいます。記事が言っているのは、そこまでではありません。

10月1日の治安会議——議事録が示すもの
それでも、この記事が注目されたのは、6日後の会議の記録があるからです。
攻撃の6日前、2023年10月1日の会議。NYTは、この部分を「これまで報じられていなかった」とわざわざ書いています。
議事録から分かることは、こうです。
- ネタニヤフ首相が治安機関のトップを集め、ガザの情勢を話し合った
- そこで、UAEからの警告は、議事録を見るかぎり一度も出てきません
- 首相の方針は、「ガザでは平静を保つべきだ」というものでした
一方、治安機関の側からは、別の提案が出ています。ヨルダン川西岸での攻撃を指示している、ガザのハマス幹部を軍事的に叩くことを考えるべきだ、という意見です。
これに対して首相は反対しました。理由は——ガザで動けば、サウジアラビアとの国交樹立が遠のくおそれがある。当時、サウジとの合意は近いと考えられていました。
つまり、警告の話は会議に出さず、「サウジとの国交」を理由に、ガザでの行動を抑えていた。議事録からはそう読める、ということです。
ここも、「議事録にもとづく報道」です。議事録そのものは公開されていません。

警告は、治安機関のトップに届いていなかった
NYTは、元イスラエル政府の上級当局者5人の話にも頼っています。5人の名前は出ていません。
5人が言っていることは2つです。
- UAEからの警告は、イスラエルの治安機関のトップには届かなかった
- 10月7日の後に、軍や情報機関が失敗を調べた内部の検証でも、その警告は出てこなかった
これが意味するところを、正確に押さえます。
これは「電話がなかった」という証明ではありません。仮に首相が警告を受けていたとしても、軍、国内の情報機関シンベト、国外の情報機関モサドへと命令や情報が流れる経路には、乗らなかった、という主張です。
逆に言えば、「警告があった」ことの証明にもなりません。記録に残っていない理由は、①そもそも警告がなかったから残りようがない、②警告はあったが握り潰されたので残っていない——この二つの可能性が、どちらも残ります。
そして、ここが今の政治につながります。
ネタニヤフ首相は選挙で、「私は寝ていた。治安機関が自分を起こさなかった」、つまり治安機関の初動が悪かったと責任を向けています。この5人の証言は、それとは逆の方向の材料になるということです。

事実レベルで要約すると
最後に、NYTの記事を事実のレベルで整理します。6つにまとめると、こうなります。
- ① 2023年9月末、MBZがネタニヤフ首相に「ハマスが大きな攻撃を検討している」と伝えた、と2人が証言
- ② ただし具体性はなく、ロケットか地上侵攻かも分かっていない
- ③ 6日後の治安会議で首相はその話を出さず、「ガザは静かに。叩けばサウジとの国交正常化が壊れる」と抑えた、と議事録が示している
- ④ 元当局者5人は、その警告は治安機関のトップにも、事後の検証にも出てこないと話している
- ⑤ 数か月後、MBZがバーンズ元CIA長官に「ネタニヤフ首相とハマスの脅威を話した」と語った、と別の1人が話している
- ⑥ そしてネタニヤフ首相は、電話そのものを否定している
この記事の強みは何か。
「具体的な作戦を知っていた」ことの証明ではありません。「警告は治安機関の失敗だった」という首相側の説明と食い違う、首脳どうしのルートと、会議の記録があると示した点です。
まだ出ていないものもあります。電話の記録、議事録の全文、UAEの公式な確認。公開された一次資料は、記事の時点ではまだ出ていません。
ですから私は、「ネタニヤフは知っていて見逃した」とは断定しません。断定できる材料が、まだ揃っていないからです。

10月27日、イスラエル総選挙
接戦の構図
では、この報道が出た選挙とは、どんな選挙なのか。
- 投票日は2026年10月27日。法律で決められた、いちばん遅い日程です
- 国会クネセトの定数は120。過半数は61議席
- 今回は38の政党が名簿を出しています
最大の焦点は、ネタニヤフ首相が続投するのか、それとも新党を率いるアイゼンコット元参謀総長が政権を取るのかです。
世論調査を見ます。
- 9月23日のMidgam調査:アイゼンコット氏の新党ヤシャルが23議席で第1党、ネタニヤフ首相のリクードは20議席。ベネット元首相とラピド元首相の合同党ベヤハドが13議席
- 陣営で見ると、反ネタニヤフ陣営が54、ネタニヤフ陣営が50。どちらも過半数の61には届いていません
- アラブ系の政党が12、どちらにも属さない予備役党が4議席
ただし、調査によって差があります。
- Kanの9月28日調査:ヤシャル23、リクード21
- Direct Polls調査:逆にリクードが27、ヤシャルが22
どちらが勝つとも言えない、非常に接戦だということです。

支持率1位の新党「ヤシャル」とは
ヤシャルは、2025年9月16日にできたばかりの新党です。結党から、わずか1年で世論調査の第1党になりました。
- 名前はヘブライ語で「まっすぐ」「正直」「誠実」という意味
- 立ち位置は中道。ユダヤ人の国であることと、民主主義や人権を両立させる「リベラルシオニズム」という考え方です
- 党首は、元イスラエル軍参謀総長のガディ・アイゼンコット氏
顔ぶれを見ると、この党の性格がよく分かります。
- 国内の情報機関シンベトの元長官、ヨラム・コーエン氏
- ガンツ氏の党から移ってきたマタン・カハナ氏、元文化・スポーツ相のチリ・トロッペル氏
- 経済学者で元労働党議員のトラクテンバーグ氏
- そして、ネタニヤフ首相の首席補佐官だったヨアヴ・ホロヴィッツ氏
- IT企業ウィックスの社長、人質の家族、元将官、自治体の首長なども加わり、創設メンバーは120名
安全保障、経済、そしてネタニヤフ氏の元側近まで。右から左まで幅広く人を集めているのが特徴です。

党首ガディ・アイゼンコットとは
ガディ・アイゼンコット氏、66歳。
- 1960年、ガリラヤ湖のほとりのティベリア生まれ。両親はモロッコからの移民で、南部のエイラートで育ちました
- 歩兵のゴラン旅団で昇進を重ね、北部方面軍の司令官を務め、2015年から2019年まで、第21代の参謀総長、つまりイスラエル軍のトップでした。当時の首相は、ネタニヤフ氏です
- 2022年、ガンツ氏の国民統一党から国会議員に。2023年10月7日の後、戦時内閣に加わりましたが、2024年6月に離れています
そして——2023年12月、末の息子のガル氏がガザで戦死しました。おい2人も、この戦争で亡くなっています。
2025年に国会議員を辞め、9月に新党ヤシャルを立ち上げました。
もし首相になれば、中東・北アフリカにルーツを持つミズラヒ系として、初めてのイスラエル首相になります。

なぜ、ここまで人気なのか
理由は、大きく5つあると見られています。
- ① 10月7日の責任。ヤシャルは、国家調査委員会をつくって政府と軍の責任をはっきりさせると訴えています。責任を問おうとしない今の政権への不満の受け皿になっています
- ② 超正統派の兵役免除への怒り。戦争で多くの若者が戦っている一方で、超正統派の人たちは兵役を免除されてきました。「全員が国に奉仕する」という訴えが、負担の不公平を感じる人たちに響いています
- ③ 本人の経歴と人柄。元参謀総長で、しかも戦争で息子を亡くした遺族でもある。控えめで飾らない印象が、弁の立つネタニヤフ首相と正反対だと受け止められています
- ④「右でも左でもない、まっすぐ」という立ち位置。ネタニヤフ首相に失望した、かつてのリクード支持層を取り込もうとしています
- ⑤ 若い世代。初めて投票するユダヤ系の有権者では、ネタニヤフ首相を上回る支持を集めています
「首相にふさわしいのは誰か」という質問では、チャンネル12の調査でアイゼンコット氏41%、ネタニヤフ氏38%。ただし、Kanの9月28日調査では38%対39%でほぼ互角です。
背景として、ガザでの戦争が国際的に厳しく批判されていることも大きいでしょう。2025年9月16日には、国連の独立国際調査委員会が、イスラエルがガザでジェノサイド(集団殺害)を行ったと認定する報告書を公表しています。

掲げる政策
ヤシャルが掲げるのは、「修復・癒やし・希望」という中道の路線です。
- 安全保障:10月7日について国家調査委員会で過去10年の政府と軍を検証する。ただしアイゼンコット氏は「裏切りがあった」という陰謀論ははっきり否定しています。最大の脅威はイランだとし、440キロの濃縮ウランを持っていると警戒
- 兵役:超正統派もアラブ系も含めて全員が軍か国民奉仕につく。宗教を理由にした免除は3%まで
- パレスチナと西岸:二国家案は、はっきりとは打ち出していません。ヨルダン渓谷と入植地が集まる地域を重視し、ガザについては長期の停戦と非武装化。西岸の行政や警察の調整を、今の政権が極右の閣僚に移したのを軍に戻す
- 連立の条件:アラブ系の政党、ラアムと合同リストとは組まないと明言
- 国内:三権分立を強め、少数者の権利を守る。独立宣言にもとづく教育で社会の分断を修復する。10年で100万人のユダヤ人移民を受け入れ、建国100年の2048年に向けた長期計画を立てる
つまり、安全保障ではかなり強硬で、パレスチナ国家には慎重。一方で、国内では分断の修復と法の支配を訴える。これがヤシャルの「中道」です。

まとめ——ネタニヤフが退場すれば、世界は平和になるのか
ネタニヤフ首相は、いま確かに追い詰められています。
戦争を理由に、10月7日の国家調査委員会は設置されないままです。そして自身の汚職裁判も、同じく戦争を理由に先延ばしされてきました。その戦争が停戦に向かい、選挙が来る。もし国家調査委員会が立ち上がって、これらのことが検証されれば、首相の座はまず持たない。だからこそ、ここまで引き延ばされてきたとも言えます。
そこへ、ニューヨーク・タイムズとウォール・ストリート・ジャーナルの追撃が重なった。打撃は、かなり大きいはずです。その証拠が、報道の2日後のアブダビ訪問でしょう。
では、ここからが本題です。ネタニヤフが選挙で負けて退場したら、世界は平和になるのでしょうか。
結論から言えば、なりません。
表層ではなく、構造を見てください。
メディアは「ネタニヤフか、アイゼンコットか」という顔の話として報じます。しかし、替わるのは顔であって、枠組みではありません。
- 二国家解決は、ヤシャルも明言していません。「はっきりとは打ち出さない」というのは、そういうことです
- イランが最大の脅威という位置づけは、まったく同じです。440キロの濃縮ウランを挙げて警戒しているのは、アイゼンコット氏のほうです
- ヨルダン渓谷と入植地ブロックの重視も変わりません
そして、イスラエルの政治には決定的な条件があります。連立です。
クネセトは120議席、過半数は61。第1党でも23議席前後では、単独では何もできません。必ず誰かと組む。そして組む相手によって、政策は大きく変わります。
いまネタニヤフ首相と組んでいるのが極右の政党だからこそ、現政権は強硬なわけです。では、ヤシャルが勝てば穏健になるのか。必ずしもそうとは限りません。たとえば元首相のナフタリ・ベネット氏。彼もまた新党を立ち上げていますが、発言を見るかぎり、私はネタニヤフ氏より強硬ではないかと見ています。そういう相手と組めば、結果はむしろ過激になりうる。
顔が替わっても、中東における強硬な姿勢という枠組みは替わらない。イスラエルが中東の火種であり続けるという構造は、選挙では動かない——これが私の見方です。
そして私たち日本も、同じ問いを持つべきだと思います。首相が替われば国の向きが変わるのか。それとも、替わらない何かがその下にあるのか。この連載で満州地下人脈や統一教会の話を追ってきたのも、結局は同じ問いでした。
10月27日。イスラエルの総選挙からは、目が離せません。

ここまでお読みくださりありがとうございます。また次の記事でお目にかかりましょう。
今回の内容をさらに詳しく解説した動画は、私のYouTubeチャンネルで公開しています。ぜひご覧ください。
よくある質問(FAQ)
Q1. ネタニヤフ首相は、10月7日の攻撃を事前に知っていたのですか?
「知っていた」と断定できる材料は、まだありません。ニューヨーク・タイムズが報じたのは、2023年9月末にUAEのムハンマド・ビン・ザイド大統領が「ハマスが大規模な攻撃を検討している」と伝えたという水準の警告です。NYT自身が、時期・規模・手口のいずれも伝えられていない「一般的な警告」だったと書いています。「作戦の中身を知っていた」という話ではありません。ただし、攻撃6日前の治安会議の議事録にその警告が一度も出てこない、という点はNYTが新たに報じた材料です。
Q2. 警告は、いくつあったのですか?
今回報じられた範囲では、少なくとも4つのルートがあります。ウォール・ストリート・ジャーナル(2026年9月28日)は、エジプト総合情報局長官アッバス・カメル氏からの警告が3回あったと報じました。2回はイスラエル側に伝えられたものの行動に移されず、2023年9月にはカメル氏自身がイスラエルへ飛び、10月初旬にはネタニヤフ首相本人へ直接電話したとされます。これにUAEのMBZ大統領からの45分の電話が加わります。ただし首相府はいずれも否定しており、公開された一次資料はまだありません。
Q3. ネタニヤフ首相がアブダビへ行ったというのは本当ですか?
訪問そのものは事実で、UAE側も確認しています。2026年9月27日、ネタニヤフ首相はアブダビを訪れ、空港でムハンマド・ビン・ザイド大統領と会談しました。争われているのは「何を求めたか」です。ハーレツとタイムズ・オブ・イスラエルは関係筋の話として、報道を否定してほしいと要請したと報じましたが、ネタニヤフ首相はこれを否定し、ハーレツを提訴すると表明しています。一方、エルサレム・ポストは会談の中心はイランだったと報じており、報道は割れています。
Q4. ネタニヤフ首相が退陣すれば、中東情勢は落ち着くのですか?
私はそうは考えていません。支持率で第1党に立つ新党ヤシャルも、二国家解決を明言しておらず、イランを最大の脅威と位置づけ、ヨルダン渓谷と入植地ブロックを重視する点ではネタニヤフ政権と大きく変わりません。さらにクネセトは120議席・過半数61という構造上、第1党でも単独では政権を組めず、連立相手によって政策は大きく振れます。元首相ナフタリ・ベネット氏のように、ネタニヤフ氏よりも強硬とみられる勢力と組む可能性もあります。替わるのは顔であって、枠組みではないというのが現時点での私の見方です。

